教育現場の実例研究−「教育アセスメント」−
心の発達の共通理解がない現状ですが、熱意ある教師の試行錯誤の中に優れた教育実践が無数に存在しています。
人間教育研究会は、「心の発達生理」に基づいて「教育現場の実例」を分析・評価します。この分析・評価は、「アセスメント(Assessment)」と呼ばれます。例えば医師のカルテにおいて、「医師が患者の訴えや検査結果をもとに、患者の病気の状態を描き出すこと」が「Assessment」と呼ばれ、医師が専門家として治療を行う上で最も重要なプロセスとされています。
目の前の子供に向き合う時、子供の心がどのように動いているのか?を描き出す「アセスメント」というプロセスが重要だと私たちは考えます。このアセスメントの道筋を、先述した「心の育ち方の理解」が照らすのです。「教育アセスメントに基づく人間教育の実践」が本研究会の目指すところです。
教育アセスメントの一例を、以下に示します。
【事例概要】Aさん 6歳 小学一年生 男児
Aさんは、いわゆる落ち着きのない子でした。ご両親は、Aさんをインターナショナルの幼稚園に通わせるなど教育熱心で、小学校に入学してからも先生とのやりとりは丁寧でAさんを思う気持ちに溢れていました。
Aさんは、友達と遊ぶのが苦手で一人で遊ぶことが多い子でした。相手との距離感が取りにくく、男女関係なくくっついていることが気にかかりました。その一方で、嫌なことがあると機嫌が悪くなって状況に不相応な暴言や暴力に至ることも多くありました。授業中も、すぐに集中が切れてその時その時に興味が湧いたものに夢中になってしまいます。注意すると、パニックになって机の下に潜り込んでその授業中は何を言っても机の下から出てきてくれません。
Aさんは、新しい状況では緊張することが多くありました。音楽発表会の時に、緊張のあまりに泣き崩れ、発表ができませんでした。その際に、「友達に笑われた」と思い込んで、クラスメイトに暴言を吐きました。
【行われた対応】
担任のB先生は、Aさんの心を理解するために、行動とその背景にある気持ちを注意深く観察することが大切だと考えました。Aさんがトラブルを起こした時は、単に叱りつけるのではなく、Aさんがどんな気持ちなのかを言葉にできるのを待つように心掛けました。授業中に机の下に潜ってしまった際も、授業の進行とのせめぎ合いの中でできる限り、Aさんが自分で椅子に座れるように待つようにしました。Aさんがプールに入るのが嫌でパニックになってしまった時は、Aさんが落ち着くまで膝の上に抱いて、「どうしたの?」「今日はプール入れそうにないか?」などなだめたり励ましたりしました。また、Aさんのお母さんと、学校でのことと家庭でのことを記録した交換ノートのやりとりを毎日行いました。お母さんとともに、Aさんの生きづらさの原因はどこにあるのか、Aさんの強みを活かせる支援・指導はできないかを模索することにしました。少しずつ、B先生とAさん、B先生とAさんのご両親との信頼関係が育まれていきました。B先生とAさんのお母さんは、Aさんに身につけて欲しい力を共有して接するようになりました。AさんはB先生がいることで安心できるようになり、B先生がいることでこれまでパニックになっていた場面でも踏ん張ることができるようになりました。
Aさんは、Social Skills Trainings(https://www.jasst.net/)を受けることになりました。年が明けて1月になったころに「学校でも、トレーニングでも少しずつ気持ちのコントロールができるようになっている」とAさんのお母さんもB先生も実感する成果が出てきました。トラブルがなくなるわけではありませんが、ある日、「クラスの皆が僕のこと、好きって言ってくれる」とAさんが喜んでお母さんに話したなど、Aさんとクラスメイトとの関係も次第にいいものになっていきました。
♯ 他者との共同生活経験の不足 ♯ 感情失禁 ♯ コミュニケーションスキルの未成熟 ♯ 他者の感情推測能力の不足 ♯ 被害妄想傾向
一人っ子、近所の子供達と交流がないなどのこれまでの生活環境から、Aさんは多様な状態を多様な人間関係の中で生活する経験が不足していると予測される。Aさんはこれまで、両親やインターナショナル・スクールの先生など、気持ちを自分から伝えなくても、気分の変化を読み取ってお世話をしてくれる大人との生活しか経験してこなかった。Aさんの起きているトラブルはほとんど、本人が状況を把握するための「経験」・「概念」の不足に還元される。集団での生活、時間やルールを守る、友達と過ごすこと、集中すること、人の話を聞くこと、長時間じっとしているなどの小学校生活を実現するために必要な基礎的な能力を身に付けてこなかった可能性が高い。感情失禁は、選択される「情動概念」が不足していることと、落ち着いた情動のもとで状況に対応した経験が不足していることで引き起こされる。「何が起きようとしているのか?」、「どのように対応したらいいのか?」を脳が予測できない時、脳は自らが(とんでもない)危機に陥っていると予測する。この予測が、「fight or flight」と呼ばれる過剰な交感神経の興奮状態=パニックを生み、机の下に潜ったり、暴言を吐いたりすることにつながっている。本事例では、B先生がAさんのお母さんと協力して、Aさんが成長する機会を一つ一つサポートしたことに意義があると考える。B先生とAさん、Aさんの家族との信頼関係自体が、Aさんが成長するための安心感や勇気の源泉になったと考えられる。
・ 経験・スキル・概念の不足が補うことが根本の対応となる。
・ Aさんが安心できて頼ることができる大人がいる状態で、できなかったことができるようになる時間をつくる。
・ Aさんとの時間を通して、Aさんの言動がどうしてそうなってしまうのかを観察し共感する。
・ Aさんにとって、安心を感じる、愛情を感じる関係を構築する。
・ 教育者としてAさんが身につけるべき能力を両親に伝え、両親とのできる限りの信頼関係の中で教育方針を共有する。
・ 特にトラブルが起きやすい場面を洗い出して、Social Skills Training などの単純化した状況での反復訓練を行う。
・ 困ったときや嫌な思いをしたときにどう対応するか(サインを出す、その場から離れる)を、教師や親と本人が事前に決めておく。
・ 本人が情動を認識するために自分の気持ちを言葉にする時間・機会を増やす。
・ 体を動かす・対人の遊びを大人や年長者が見守れる状況で増やしていく。
人間教育は「ヒトは人により人間になる」、即ち「大人の人格が子供の心を形成すること」に収斂します。ここに、大人の自己教育がなければ次世代に生命を繋ぐことが危ぶまれることが示唆されます。不確実性が高まる現代が、我が国の存亡の危機であり、文明の転換期であるという認識のもとで、具体的な現代のテーマの本質に迫る議論を通して「人間はどのような心を育てるべきか?」を参加者が自らに問う自己教育の場とします。
過去のテーマ例:南海トラフ大地震、子供の自死数最多etc
人間教育は「ヒトは人により人間になる」、即ち「大人の人格が子供の心を形成すること」に収斂します。ここに、大人の自己教育がなければ次世代に生命を繋ぐことが危ぶまれることが示唆されます。不確実性が高まる現代が、我が国の存亡の危機であり、文明の転換期であるという認識のもとで、具体的な現代のテーマの本質に迫る議論を通して「人間はどのような心を育てるべきか?」を参加者が自らに問う自己教育の場とします。
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